でーん!とベルリンの壁

チェコ入国のためにビザを取りに行かなくちゃ
ならんとやって来た。
滞在予定は1日。

その日の夜行でドレスデンに行く予定でした。
結局、大使館は着いた時には閉まっていた。

翌日、ビザ取って”そっこー”チェコ入りと思ったが、
ドレスデンに寄ることにした。でも、折角

来たからにゃ観光!ということで・・・。
ベルリン来たならやっぱり、ベルリンの壁!でもどこに

あるやら分からん。

後でガイドブックを読んだらベルリン市のはじっこにある
とのこと。そやけど東西ベルリンを隔てていたという
ブランデンブルク門の真ん前までやって来た。
昔はこの門の前に

でーん!とベルリンの壁が立ちはだかっていたという。

見えるのに行けなかった旧東ベルリン側の門。当時の
西ベルリンっ子はどんな思いでこの

門を眺めていたのだろうか?ベルリンの壁はなかったが
代わりにロシアから出稼ぎの為にやって来た私の2倍
くらいのサイズのロシアおばさんがたくさん居た。

1メーター間隔で売りもんを並べてた。

動かないロシア軍の懐中時計、ゴルビー人形
(ゴルバチョフ前大統領の木造人形。人形の中にその
一回り小さいゴルビー人形が入っている。
それが何重にも。
でもなぜ?エリツィンでなく、ゴルバチョフ!)
手編みもんのなんか(マフラー?夏やで、今)、私に
そんなん必要ないやん!

っていうレースのテーブルクロス。
おばちゃんは慣れない英語で話し掛けてくる。

おばちゃん必死。

私はおばちゃんのロシア訛りの英語のヒアリングに必死。
結局、おばちゃんは英語を断念して、ずっと流暢な
ドイツ語に変更。

私は持てるドイツ語力で「Was ist das ? (これは何ですか?)」
と対抗。しかし限界。分かるのは数字のみ。

しかも話を聞いてたらやたらとドル払いを勧める。
「マルクしか持ってへん」ってゆうてん

のに、マルクならXXマルク。ドルならXXドルって・・・。
「ダラー、ビリヒ(ドル安い!)

マルク、トイヤー(マルク、高い!)」やて。
どこがやねん!マルクで買う方が断然お得な

値段やんけ!!
どうやら売りたい一心で計算もむちゃくちゃらしい。
時計を見せては
ハラショー、ハラショー
こっちは「ハラショー」ちゃうっちゅうに!

思わず「ニェット!!」そんな手書きの為替レート
見せられて誰が信じんねん!

でも、こうやっておばちゃんと交渉してたり
してる時が旅の中で一番おもろい時かも・・・

 

大聖堂の町ケルン

街の真ん中にあるケルン大聖堂は街のどこから見ても、絶対

見えるので方向音痴の私でもこの街で迷う事は一度もあり

ませんでした。

観光の起点がこのケルン大聖堂にあったわけです。

kirch

 

そして、

このケルンという町のユースホステルに泊まった日のこと・・・

ユース前にある居酒屋は私にはとても楽しげに見える空間でした。

わいわいがやがや。。

どぉーんと起きる笑い声、激論する声・・・。

ドイツ語なだけに迫力あるし・・・。

中に入ってみたいが、店内は地元のおじさんやおばさんだらけで、

もちろん東洋人は誰一人として入っておらず、とても私のような

よそ者が入っていける雰囲気ではありませんでした。。。

でも、

気になって仕方がないので店の前を行ったり来たりとしている

うちに店からあふれ出てしまった一人のおじさんが私を手招きする。

なんやろ?と思ってそこへ行くとおじさんがおもむろにカウンターへ

向かって、”こちらのにーさんに”ビールを一杯やっておくれ!”

(と言ったかどうだか?)

運ばれてきたビールをまぁ呑みなさいという感じで私によこす。

私は自分でお金を払うつもりで差し出すと、何やってんだそんなもの

いらないよとばかりに手で遮る。それじゃ、ということで頂き、

Prosit !(乾杯)”とグラスをカチンと合わせようとしたとき

(ジョッキでなくグラスだった。)

Nein! Nein!(違う!違う!)”と言って、グラスの下部同士を

あてがうよう注意した。

どうして?という顔をしておじさんを見るとグラスの上部を

あてがって乾杯をするとガラスが割れちゃうよ

(とたぶん言ったと思う。)

という感じでジェスチャー入りで説明した。

 

 

旅の始まりは

念すべき私の初海外の旅の第一歩はコブレンツでした。

(正確に言うと空港駅のFrankfultFlughafenだが、ここは

譲っておきましょう・・・)

ということでここの章では、特に断りがなければコブレンツを

旅の始まりとしておきます。

てういか、コブレンツってどこ?って感じかも?私も着くまで

知りませんでした。

旅の始まり

港駅の駅員にジャーマンレイルパスの使用開始日を記入して

もらいました。

一応、空港関係者以外で話したのは空港駅の職員。

しかーし、英語がいきなり通じなかった。

というわけで、初めてのドイツ語はここでした。

「ケネン ズィー イーン ミア ビッテ アプシュテムペルン?」

(「使用開始印をお願いします。」と言ってるつもり。。。)

でも通じなかった、、、仕方なくジャーマンレイルパスを見せて

ハンコを押す真似をして「ビッテ!(Please)」と言ったら

無事通じました。

そんなもんやね、初めての海外で初めて使う言葉なんて・・・

さらさらときったない字で使用開始日を記入する。私が日本で

購入したのは15日分のドイツ国内鉄道乗り放題のレイルパス

これから一ヶ月の間、15日好きな日を選択しドイツの鉄道に

乗れるということになります。

て、コブレンツである。

この地はモーゼル川とライン川が交わり、ドイツの角

(ドイチェス エック)と言われ、城塞都市。

それがコブレンツです。

なぜ、こんな街?

実はこの街からモーゼル川に沿って上流に古城街道を進み、

古代ローマの街トリアーを目指そうと思っていたからなのです。

ちょうどアクセスするにはいい場所かも?

ブレンツには拍子抜けするほどあっさり着きました。

日本と同じく鉄道国家ですね。

ええんか?初めての海外の旅がこんなに簡単で! なぁんて・・・。

でも、機内食を余り食べられなかった私はお腹ペコペコ。

駅のキオスクで「ダス ビッテ(それちょうだい)」と色んなパン

を指差し購入。何も問題無し。

ドイツ語の「ビッテ」はちょー便利♪

ええんか?初めての海外の旅がこんなに簡単で!

でも旅はそんな順調に行くもんやないと次に知らされるのでした。

ツーリストインフォメーションが開いてない!!

く気配すらない。まだ朝早いからかなぁ・・・とぼぉ~とパンを

頬張りながらホントにぼぉ~っとしてました。

欧州の旅はツーリストインフォメーションで街の地図をもらい

ユースホステルの行き方を教えてもらい・・・と

”モノの本(某・地○の歩○方)”に書いてあったしね。

待つしかないわぁ・・・って ホンマぼぉ~ってしてました。

あのまま待っていたらきっといつまでも開かなかったやろな~。

とそこへ、見知らぬ日本人が声を掛けてきました。

「ツーリストインフォメーションは町中だよ」

???ふぇ?

どーやら私がぼぉ~っとしていたのは鉄道のツーリスト

インフォメーション前らしい。

そのおっちゃん に連れて行かれて、地図をもらい、ユースの

行き方を聞きとりあえず言われたとおりバスに乗る。

おっちゃんも心配して(でも暇そうにしてた)来てくれました。

われたバス停で降りる。まったくそういう

(近くにユースがありそうな)気配なし。

日本でもユースに泊まった事ないのに・・・。

近くの人に聞くが分からない。子供に聞くと空を指差し、

「ガンツ ホッホ(もっと上)」という。

心臓破りの急坂を重いザックを背負いひたすら歩く。

子供も途中までついて来たが途中で リタイヤ。

えぇ~、いつまで続くん?

海外で初めて撮った写真(疲れてる?)

koblenz

 

りあえず、何時間歩いたんやろ?

汗だくになって着いた、頂上!!城塞の入り口。

あっ!?ここで思い出した。

コブレンツのユースホステルは城塞の中にあるんやった!

初めての部屋は6~8人の相部屋。

今は真っ昼間なので誰もいない。

それより怖いのは オーナーの話す英語がまったく聞き取れない。

私が”あたふた”してたら怒り出した。だって、「へ?へ?」って

連発してたしなぁ・・・。

これは旅慣れたらなんともないんやろけど。

怖じ気づきそうな所、さっきのおっちゃんに助けてもらった。

実はオーナーは怒ってなかった。

ドイツ語訛りの英語で怒って聞こえただけ(^^;;

、おっちゃんは帰らなアカンという事でお礼を言い、別れた。

とりあえず

長旅の疲れがここでどっと出ていつの間にか着の身着のまま

ユースのベッドに倒れ込んでいた。

方、お腹が空いて来たので下まで降りて、食料を買い出しに。

気がつけば今日は土曜日。ドイツは土曜日は半ドン。

てことは・・・。

スーパーが閉まってる!銀行も閉まってる!

ガーン!!初めての昼食?はファーストフード(涙)

 

どうなる初めての海外旅行・・・

1994年ドイツ編スタートです

1994年8月19日大阪空港(伊丹空港)を発ち、バンコクを経由して
翌日にドイツ連邦共和国のフランクフルト空港に無事到着。
今となっては大した事ないが、初めての海外旅行なのに
単身で、しかも宿の予約を一泊分すら取らず、飛行機のチケット
だけ購入して旅立ったものだ。

germany_map

しかし、ドイツ人は優しい。実に沢山の人に助けられた。
また、旧西ドイツの人々は老若男女問わず英語が達者で
こっちが困った。
改めて自分の英語力の無さを痛感する。
旅に出てそういう目に遭うと帰国後英語を必ず勉強し直そう!と
固く決心するのであるがいざ、その段になるとすっかりその決意
を忘れてしまうは世の常ならんや・・・。

私だけかもしれませんけどね・・・
では、ビールとソーセージの国
(本当はこれだけではありませんが一応、念のため・・・)
ドイツ連邦共和国について好きな事めーいっぱい語らせて下さい。