朝、目覚し時計で起きる。リーダー氏が早起きの必要があったので私が
セットしてあげておいた。が、リーダー氏は爆睡。たたき起こす。
リーダー氏と宿で朝食を摂る。ここの宿の飯はまずかったので敢えて
触れません。というか、この旅でメシについて語るのは島での争奪戦だけ。
あとはなんというか、、、(以下省略)
食事完了、準備完了。リーダー氏を空港行きのローカルバスが通る路線まで
見送りする。「いいなぁ〜、旅行が続けられて、、、」
リーダー氏を見送り、私は自由マーケットを散策することにした。
残りの現金も少ないので銀行でわざわざ両替して、マーケットを見て回る。
と、あるところで民芸品を見ていたら誰かが肩を叩くので振りかえると
ジェスチャーで誰かが君のカバンを開けていたよ!と言うではないか。
カバンを見るとポッカリチャックが開けられていた!ヤラレタ〜!
悔しかった、自分に対して。今まで94年から6年間さまざまな土地を旅し
一度もスリにあったことがない私がこんな平和なところで、、、
まさか、気の緩み?旅慣れによる油断?自己嫌悪に陥る。ショックで呆然。
で、何を盗られたのだろうか?カバンを確認する。あれ?何も盗られてない。
カメラはあるし、財布もあるし、mp3プレーヤー兼レコーダーもあるし、、、
開けられただけ?ひょっとして。。。目の前が一気にぱーーーーーっと明るく
なった。何も盗られてない!やったーーーーーー。
自分に対しての苛立ちがなくなったのが分かる。何も盗られなかったという
喜びよりも先に、、、
気を良くしてそこで買い物をする。手製のカバンでそれにドンドンお土産を
詰めこんでいく事に。
買い物も済ませ、宿に戻りチェックアウトの手続きをすると、宿のオーナーが
「どうやって空港まで行くの?」と聞くので「PMV(公共バス)で。」と答える。
「私達が送るわ」と宿のバスを出してくれて専属ドライバーが空港まで私を
送ってくれた。
空港では多くの日本人を見かけた。みな、ダイビング帰りの様子で大きな荷物を
抱えていた。空港の椅子に腰掛けているとスーツ姿の日本人が私に声を掛ける。
彼は東北大学の教授で地震の研究でパプアに来ていたのだという。私は「てっきり
ゴルフに来ているのかと思いました」なんて失礼なことを言い、私の今までの
旅を語る羽目になった。
ようやく飛行機に乗る。ラッキーな事に私の隣の席は空いていた。これはゆっくり
寝られるなぁ〜と思ったら今度は通路を挟んで隣の席の日本人が私に声を掛けてきた。
どうやら、まどから景色を見たいという団体客のウチの一人だった。団体旅行は
座席の希望が伝わらないので困るようだ。私は優しいので(笑)彼に関空着陸体制に
入る直前に彼を隣に座らせてあげた。彼は遠くのネオンに見入っていた。
まるで私がパプアでの日々を夢のように思い出して遠くを見つめていたように。
2001年1月2日20時00分、私を乗せたPX050便は無事関空に降り立った。
夢のような現実の終わりを告げる旅の終わり方だった。